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SAMURAI IN NEW YORK

2年振りにMuseum of the City of New Yorkへ。

1860年に万延元年遣米使節がNYに訪問してから150年を記念したSAMURAI IN NEW YORK: THE FIRST JAPANESE DELEGATION, 1860(11/7まで)を鑑賞。

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Matthew Calbraith Perry来航により締結された日米和親条約に続いて
1858年日米修好通商条約が締結されます。
批准書の交換をワシントンDCで行うため、徳川幕府は万延元年遣米使節団を派遣します。

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1860年2月13日遣米使節団が乗ったUSS Powhatanが横浜から出航。
ホノルルで燃料補給し、3月28日サンフランシスコに到着。サンフランシスコ出航後、パナマへ。
パナマ運河ができていなかったので、パナマ地峡を列車で移動して大西洋側へ。
(初めて見た鉄道に驚いたらしい)
USS Roanokeに乗船して、5月14日ワシントンDCに到着。
ジェームズ・ブキャナン大統領に謁見、国務長官と日米修好通商条約批准書を交換。

任務完了後DCを視察して、ボルチモア、フィラデルフィアに滞在した後
6月16日ニューヨークに到着 というハードスケジュール。

ニューヨークに13日間滞在後、帰りはUSS Niagaraで大西洋からアフリカへ。
喜望峰を通ってインド洋へ。ジャカルタ、香港を経由して世界一周!
11月9日やっと品川沖に帰着。めちゃ船酔いしそう。。。

遣米使節団は、正使・新見豊前守正興、副使・村垣淡路守範正、目付・小栗豊後守忠順
随行官21名とその配下26名、使節の従者27名の計77名。
事故等万一に備えて護衛で随行した咸臨丸には、勝海舟や福沢諭吉、ジョン万次郎が乗船。
(咸臨丸はサンフランシスコ滞在後、ハワイ経由で浦賀に帰還)
病になった一人を咸臨丸に託して、使節団は76名になりワシントンDCへ。

使節団歓迎のため、米国政府は5万ドルの予算を支出したそう。
「周海日記」を残した加藤素毛が詠んだ俳句から、旅の様子が伝わり
新聞記事や写真から、当時の様子が垣間見られます。

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ニューヨークでは、バッテリーパークに到着してからBroadwayをパレード
Union Squareでの閲兵式を終えて、Metropolitan Hotelに到着。
サムライの行進を見た詩人Walt Whitmanが書いた詩"The Errand-Bearers"が
1860年6月27日付のNew York Timesに掲載されました。日本人を詩にした最初の欧米人?
(のちに構成が変えられ"A Broadway Pageant"と改題されて詩集Leaves of Grassに)
1860年当時のNYの様子もわかって面白い。
この時のニューヨーク市長は、Fernando Woodで
使節団から市長に贈られた日本刀が展示されています。

最年少(17歳)で通詞見習だった立石斧次郎
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トミーというニックネームで人気だったとか。Tommy Polkaという曲までできたらしい。

ワシントン海軍造船所を見学した目付・小栗忠順が、日本へ持ち帰ったネジの展示があります。
小栗は、のちに横須賀造船所建設を提案。
パナマ地峡鉄道建設費用の調達方法をたずねて、株式会社の仕組みを理解し
日本で最初の株式会社を設立します。
DCで宿泊したWillard's Hotelが、築地ホテル館の構想になったとか。


1階で催されてる1966年から1973年までNY市長だったJohn Vliet Lindsayに関する特別展America's Mayor: John V. Lindsay and the Reinvention of New York(10/3まで)も興味深かったです。
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テーマ : ニューヨーク - ジャンル : 海外情報

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